僕のアイデンティティは手塚治虫で確立した

このブログは手塚治虫作品の感想をつづります

1フィルムは生きている

 まるで1本のシネマ映画を見たようだ。 

ネーミングのうまさは手塚治虫のおはこだが、これはまたタイトルから引き込まれる。「フィルムは生きている」。 団末魔さんの大きく叫ぶ声が聞こえてきた。

「このものがたりをマンガ映画にくるしみたたかいつづけている多くの若い人に贈る」

と、プロローグにあるように動画に携わる人は必見だ。 アニメを目指す子どもやマンガファンのために動画の歴史が織り込んである。 京アニを思い出す。 今や日本のアニメは世界を凌駕する勢いだ。その誕生期に手塚治虫は深く関わっていた。

中一コースへの連載は、青春時代の入り口、希望に向かって進む若人に打ってつけだ。

印象的なのは、主人公が目を患い全てを失いかけたとき、ベートーヴェンのハイリゲンシュタットの有名な遺書を引用し 「芸術のために死ねない。生きなければ」と再び勇気を取り戻すところだ。

佐々木小次郎との巌流島ならぬ映画の人気投票、各所に見せどころが用意され、その一遍に触れるだけでもまた新たな興味を抱くことになる。 目標を持って生きることの大切さを教え、読後すがすがしい気分になった。

 主人公の宮本武蔵丹波篠山から上京し動画の仕事がしたいと願う。

ところがアニメスタジオで馬の絵をプロデューサーの団末魔に見せると、 よく描けているが「君の絵は死んでいる。フィルムは生きている」と一喝された。 武蔵にはどこがいけないのかわからない。

夢想グセのある武蔵はときおり現実離れし夢の世界で過ごす。 故郷のアオ(馬)が夢の中で武蔵を励まし再び奮い立つ。他の漫画家にも力量を認めてもらった。 そんな折、同じく動画作りを目指す佐々木小次郎と知り合い互いに切磋琢磨を繰り返す 。武蔵は動画づくりのスタジオ助手になり、動画は一人で出来るものでなく大勢の仲間の協力ではじめて完成することを知る。

「日本人は独善的で自分で何でもやろうとするが、それではアニメは作れない」手塚治虫の自戒を込めた言葉に共感する。 しかし、わかっていながら現実の世界では、何でも自分自身でやってしまおうとする人が多いのでないか。 ボクもその一人だ。

ある日、武蔵が路上で似顔絵のアルバイトをしていると町のチンピラにからまれた。危うく殴られる瞬間、いつもの夢想グセが出現、 強くてかっこいいヒーローに早変わりし相手を驚かす。そのとき同じくらいの年頃の女の子が「みんな止め」と号令を出しヤクザ者は手をひっこめた 。彼女はこのあたりを仕切っている親分の一人娘、武蔵に詫びを入れるが武蔵は聞かない。娘が泣き出すと武蔵は謝り、 武蔵の仕事場についてきた娘は大量のアオの絵を見てびっくりする。 そして武蔵の動画制作を応援するため、自分のこずかいを持ってくる。 

娘の行動を不審に思った祖母は、武蔵との交流をやめさせようと仕事場に乗り込んできて、家ごと燃やしてしまう。 失意の武蔵、絵はすべて焼失、おまけに目に炎症をおい、放置すれば失明する危険にさらされた。 武蔵は二度と立ち上がれないほどショックを受けた夢の中に出てきたアオに再び励まされる。また描けばいいとアオの力で立ち上がる。

一方、娘は髪を切り家出し、目の不自由になった武蔵の弟として身の回りの世話を焼く。

ある日、マンガ月刊誌の編集長が武蔵を訪ね、一番売れないマンガを書いてくれと変な注文をした。 しかし、そのマンガは人気投票で一位を獲得、たちまち武蔵は売れっ子スターに、小次郎も同様に人気漫画家になっていた。 武蔵が得意顔でいると、ある時、バーで「君は本心を隠している」とマンガ仲間の馬場(のぼる)さんにいわれ、 自分の道はアニメ制作だったと思い出す。

編集長に事実を話しマンガ連載を打ち切りアニメ制作の道に進んだ。 再び団末魔さんを訪ねると団末魔さんは自殺を図り一命をとりとめて入院していた。 アニメ作り一本で人生を過ごしてきたが、あまりにも団末魔さんの作品はお金がかかり過ぎ会社をクビになっていた。 武蔵は団末魔さんからアニメの動きを教えてもらう。しかし、なかなかうまくいかない。 そうこうするうちに団末魔さんが亡くなった。 武蔵は窮地に陥る。その時、医師から団末魔さんが武蔵に渡してほしいと託した本を受け取る。 「ベートーヴェンの生涯、その32ページを読んでほしい」。 自殺を図ろうと入水した武蔵だったが途中でハイリゲンシュタットの遺書を読む。 そして耳の聞こえなくなったベートーヴェンの「芸術のために生きる。私の仕事を果たさないうちは死ねない」という強いメッセージを受け取った。

一方、祖母は娘を取り返す。それを知った小次郎は、失明寸前の武蔵には娘が必要と親分の家に乗り込む。 祖母は小次郎が財閥の御曹司であることを知っていた。 小次郎の家に電話し刑務所に服役している息子の釈放を願い出て放免される。

祖母は、これで再び一家を築けると喜んだが、息子は足を洗い一家は解散すると宣言、子分はちりじりばらばらになる。 すべて娘のせいと祖母はきつく当たり投げた灰皿が娘の額に当たり血がでる。ようやく祖母は改心した。

一家を解散した父は不浄の金を何に使うか思案、娘の「ムサシマンガスタジオに使いたい」に賛同する。

小次郎も動画を作り、いよいよ映画館で武蔵と小次郎の人気投票開始。

部屋でアオの写真を見ていた武蔵の目は突然見えなった。国から電報が届いたのだ。「アオシンダ アニ」

武蔵のアオの物語と小次郎のクロンボサンボ、人気投票は武蔵が断然リード、しかし、武蔵にはその数字が見えなかった 。小次郎は失明した武蔵が映画を作ったことを知り、完全に負けを認め二人でアオの物語をみる。

映画館ではアオもまた見ていた。

フィルムは生きている。マンガで目頭らが熱くなった。困ったものだ。